意外な人まで号泣!泣けないのが私の卒業式の思い出

中高一貫校に通っていたため、中学校の卒業式は何の感慨もありませんでした。全員が同じ高校に進むのに、何が卒業式だ、くらいの感じでした。でもそれだけに、高校を卒業するときは感慨もひとしお。

6年間、友人によっては12年間も一緒だった友人たちが、これからは別々の道を進むと思うと何とも不思議な感じでした。

卒業式当日は、泣いている人が続出。普段不良ぶっている男の子たちまで廊下にうずくまって泣いていたのを覚えています。

私はというと、本当に本当に胸がいっぱいだったのですが、先に皆に泣かれてしまって、涙がこぼれることはありませんでした。

卒業式=涙のイメージがあっただけに、泣けなくて残念!卒業後も同窓会などでは必ず「泣かなかったよねー」なんて言われて、妙に悔しい思いをしました。

それでも今は、「卒業式に泣けなかった」というのが良い思い出として、私の中に残っています。

子どもの成長に感動

子供の幼稚園の卒園式の思い出を書きたいと思います。 今、小学五年生の長女の卒園式の思い出ですが、もう5年前になります。

長女は、三年幼稚園に通ってました。年少の時、身長も学年で一番高く。目だっていました。 発表会の時は背が高いだけでも目立つのに、礼も出来ないほど緊張し、踊りもロボットのような動きで8年前の事なのに 鮮明に覚えています。

もちろん本人も覚えています。それが、少しずつ恥ずかしがりを克服していき、年中、年長の発表会では劇ではナレーターしたり、ちゃんと礼も出来。卒園式では、クラスの代表で記念品贈呈に選ばれ、みんなの前に立ち、堂々と記念品を受け取れました。

入園したころは礼も出来ない位、緊張していた娘が三年後の卒園式ではクラスの代表に選ばれ、堂々と卒園式を飾ってくれました。もちろん、長女は親より卒園式で号泣していました。

それほど思い出いっぱいの三年間だったのだと思います。 小学四年生のときは運動会では応援団に入ったり、年少の時は、どうなるんだろう??と冷や冷やしていましたが、今は、幼稚園の年少の時があったから、ここまで成長出来たんだ。

と思っています。 そんな長女も四月からは6年生になります。そして、次は卒業式です。幼稚園の三年間もあっという間でしたが、小学校も6年間も長いようで短いです。どんな卒業式になるか・・楽しみです。そして、子供の日々の成長に感謝します。

卒業式で感動した大切な思い出

私は今でこそ、女性らしいとやっと言われるようになったのですが、小学生、中学生の頃は女の子のお友達より男の子のお友達の方が多く、一緒にいるのも遊んだりするのも男の子との方が多かったのです。

自分の性格的に活発で走り回ることが好きだったので、当時は男子も私をほぼ男友達と同等の扱いで、そこで特に恋が芽生えることもなく、ただただ普通のお友達としてつるんでいました。失礼なことも多少傷つくようなことも言い合う仲で、笑ってふざけ合って、そんな中で私は涙を見せたりなんかしたら絶対に馬鹿にされてからかわれると思い、彼らの前で意地でも泣くもんかと卒業式を迎えました。

卒業式といえば、後輩からの送辞や歌そして何よりずっとお世話になってきた担任、先生方からのありがたい言葉、私は当時の担任と今でもたまに連絡を取るくらいの仲で、そんな担任からの言葉に涙を流さずにはいられずに、涙を溢れさせてしまいました。

ハッとすぐに隠そうとしたら、隣の席から馬鹿にしてからかってくると思っていた男子がスッとハンカチを黙って差し出してくれました。

ハンカチを持っていたことに驚くようなそんな男友達がその行動をとったことに驚き、そして中学生活最初で最後の女子扱いにお互いが歯痒くなったあの数秒間を今でも卒業式で思い浮かぶ一つの大切な思い出にしています。

結婚を祝福してくれた最高の卒業式

私が専門学校を卒業するときのことです。 実は私は同じ学校の講師とお付き合いをしており、卒業とともに籍を入れることになっていました。

もちろん、お付き合いをしていることはよほど親しい同級生たち以外には内緒でした。 実際はほとんどの生徒が知っていたと思いますが、みんな知らない素振りをしていてくれたのが嬉しかったです。

無事に卒業式を終えた後、ようやく彼のクラスの生徒さんや自分のクラスメイト達に自分たちが結婚すると正式に報告をすることができたのですが、そのとき、みんなが、多少わざとらしくはありながらも「えーっ!?」と笑顔で驚いてくれ、いっぱいお祝いを言ってくれたのは本当に良い思い出となりました。

残念ながらその結婚はうまくいきませんでしたが、それでも、周囲の方たちの思いやりや親切は、卒業式の思い出と共に私の心にしっかりとのこっています。

先生を好きになった青春時代の思い出

当時高校生だったは私は初めて高校教師を好きになりました。 最初は友達がその先生にあこがれてかっこいいから一緒に先生の部活みにいくのついて来てくれる?といわれたので 見に行ってみました。

そしたら、初めてみる先生で、あ、こんな先生いたんだと思いました。 背は190cm近くあり、バスケットの顧問。 なにより、芸能人みたいな端整な顔立ちでとてもかっこよかったです。

すぐに私も先生のとりこになり友達と一緒に見に行くことが毎日の楽しみになりました。 そしてそんなことをしていた先生が私たちに気づき、徐々に仲がよくなり、帰りは駅まで先生の車に乗せてもらうようになっていました。

しかし、先生が興味をもってくれたのは私のほうでした。徐々にそれに気づいた友達は私から距離を置くようになり 一緒に見る機会はほとんどなくなりました。 その間、私は先生にお弁当を作ったりアピールをしていましたが、先生ということで近づいてきてはくれず卒業式まで きてしまいました。

そして、卒業式もおわりみんなが学校の外で写真をとっているときに、これで私も先生と最後になるんだと 初めて先生と写真をとりました。

そのときに、先生から色々ありがとな。と言われて泣いてしまい、今でもその写真をみると自分の泣き顔がひどいです。 でも、今になってみれば、とてもいい思い出です。

がんばったのに逆効果!後悔した卒業式の思い出

自分の専門学校の卒業式の思い出です。私が卒業した学校の卒業式は振袖に袴で出席する人が多かったです。私は母親に振袖を買ってもらっていたため袴だけレンタルをしました。

振袖も赤と黒の2色使いで気に入っていましたし、袴もからし色にして目立つようにしました。問題は髪型です。

きっと皆、髪をアップにして豪華にしてくるだろうと思い、じゃあ私は逆にシンプルにして目立ってやろうと意気込み、ボブに髪をカットし真っ黒に染めました。当日もわざわざ美容院まで行き、毛先が内側になるようにブローしてもらい大きな髪飾りを一つサイドにつけていきました。

母親は「あんた…美容院にまでいってそれ…」と一言。私はお構いなく、きっと目立つだろうなって思いながら会場へ。

するとどうでしょう…まわりはとても豪華にアップしてきているではありませんか…。

皆、とてもきらびやかでした。一方、私は目立つこともなく、友達からも何か言われるわけでもなく、ただただ地味なだけでした。

一生に一度の袴姿。もっと豪華に出来れは良かったなと今でも後悔しています。もちろん、卒業式自体は盛り上がりましたよ!

唖然とした卒業式の思い出

私自身が中学校の卒業式で体験したことです。 私がいた中学では、体育館で整列をして、卒業生も親御さんも椅子に座り、校長先生の話を聞いたり、歌ったりします。

その整列が一クラスで男子一列、女子一列の計二列でそれぞれ名前順なのですが、男子の前に学級委員長がくることになっていたんです。 そして、その時はたまたま、名前順で私は女子の一番前になりました。

それで、私の隣がクラスの学級委員長がいたんですが・・・。 その時の学級委員長が、なんというか、不良っぽいような、チャラくはないけれどやばそうな、あまり絡まないタイプだったんです。

今思えば、そもそもなぜその人がクラスの学級委員長に選ばれたのか・・・。 中学生のノリだったのか・・・、他に立候補がいなくて仕方なしだったのか・・・。

それでも、一年間無事に過ごせ、卒業式も終わりに近づき、遂に卒業生の退場の場面になり、自分の番だと思いつつ歩いていきました。

そして、出口が目の前に差し掛かった時。 隣の学級委員長が急に止まり、振り返り「ありがとうございましたー!」と、大声で叫んでました。

えっ・・・? いやいやいや、隣の自分どうすればいいのーー??

しばらく、唖然としてしまいました。 なんというか、赤の他人として見るだけならば良いんですが、実際にあの場のかなり近くにいると非常に迷惑です。という体験をしました。

ハデハデ!卒業らしくない服装に反省

卒園式や卒業式は華やかにしてもいいといわれているので、子供の卒園式や卒業式には夫婦して、ちょっとおしゃれして参加したものです。

しかし、今となって改めて記念写真を見てみると、色使いをあまり華やかにしすぎたり、その時代にあってるとは言え派手すぎるものはどうかな?って思える写真を最近も発見しました(笑)

オレンジと紫が流行っていた時代とはいえ、夫にオレンジのシャツの着せ、紫のネクタイをさせて、お式での記念写真(笑)夜の街にへこれから出勤のホストのように写っていました。

私も巻き髪くるくるに何故か?大きなストールを巻いていて・・・ あれれな感じでした。 いくら当時の流行りスタイルとは言え、卒業式らしくなかったな??と反省。

あまり時代の流行に乗ることがなく、やっぱり昔からある定番スタイルで卒園式、卒業式に行くべきだと強く思いました。

卒業式で泣かない子は冷たい?悲しい小学校の思い出

私の卒業式のことです。

小学校の時です。 小学校はそのまま中学校に持ち上がりで、先生と学校の敷地が変わるだけで別れる子がいなかったので、当時の私はまったく悲しくはなく、むしろ中学にあがって他の小学校と一緒になるというのが、楽しみであったのです。

でも、私の周りの女の子達はみな泣いていて、私が心の冷たい子だと言わんばかりに女の子の同級生達から見られたのを覚えています。

来月にはみんな会うのに・・・ 男の子は泣いている子はいなかったように記憶していますが、女の子で泣いていない子は少なかったように思います。

でも、先生には連絡すれば会えるし、極端なことを言えば、中学からの帰宅路に小学校があったので、寄ればいつでも先生には会えるのです。

とっても理不尽な気持ちになった、ある意味悲しい思い出の小学校の卒業式でした。